古事記②~修理固成

こんにちは、神主のすおうです
本日も古事記の現代語訳を進めていきます。
今回は、前回の続き(別天神・神代七代が生まれた後)の話からです。
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天つ神一同は、伊邪那岐神・伊邪那美神に、
「この漂っている国土をよく整えて、作り固めよ【修理固成】」と命じて、神聖な矛(天の沼矛を授けました。

この【修理固成】という言葉は神道にとって非常に重要な言葉です。この言葉が刻まれている神社などもございます。

そこで二柱の神は、天地の間に架かった梯子(天浮橋の上に立って、その矛を海に挿してかき回した。
潮をごろごろとかき鳴らしてその矛を引き上げた時、したたり落ちた潮が積もり積もって島となった。これが淤能碁呂島(オノゴロ島)です。

二柱はその島に降り立ち、神聖な柱(天御柱を立て、広い御殿(八尋殿を建て、そこで両神は話し合いをしました。
イザナギ命「あなたの身体はどのようにできていますか?」
イザナミ命「私の身体は足りない所が一箇所あります」
イザナギ命「私の身体は余ったところが一箇所あります。それでこの私の余ってるところで、お前の足りないところを挿し塞いで、国土を生み出そうと思う。どうだろう?」
イザナミ命「それは結構でしょう」
イザナギ命「それでは二人でこの神聖な柱を回り、出会って結婚をしよう。あなたは右から、私は左から回って合いましょう」

そう約束して、その通り回った。
この時、イザナミ命が先に、「あら、なんと素晴らしい男性でしょう」と言い、
その後でイザナキ命が、「ああ、なんと素晴らしい乙女だろう」と言いました。
しかし聖婚の場所で結婚して産んだのは、不具の子 水蛭子(ヒルコ)でした。
この子は葦の舟に乗せて流した。

二柱は子供を捨てたわけではありません。
葦は《古事記①-はじめに》で述べたように、『豊かな生命』の象徴。舟は『棺』を意味します。なので、葦の舟は再生の棺なのです。
水蛭子(ひるこ)神は、後に兵庫県あたりに流れついてエビス信仰の祖となります。

次に淡島を産んだけれど、この子も御子の数には入れませんでした
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二柱が、最初伊邪那岐『神』だったのが、伊邪那岐『命』と変わったことにお気付きでしょうか?
『命(みこと)』の原義は、神々の命令=『御言(みこと)』を執行する『みこともち』から。それが転じて神の敬称となったとされています。
なので、二柱が天つ神の命令を受けた直後に呼び方が変わったのです。

神道では全ての人間は皆、神の『御言』を受けた存在とされています。なので、死後「○○命」と名前に加えられるのはそのためなのです。

それでは続きはまた次回。

※古事記の現代語訳と銘打ってはいますが、『古事記』は様々な解釈・考察がなされている作品です。このブログでご紹介するお話はあくまでも一説でございます。